MINI

ドイツorイギリス?MINIの産出国について解説

現在のMINIはBMWのブランドであるため、ドイツ車としてのイメージが強いかもしれませんが、元々はイギリスの自動車メーカーで生産販売されていたモデルです。
小さな箱型の車体に丸目のヘッドライトの特徴的なデザイン。「ゴーカートフィーリング」と呼ばれる独特のハンドリング特性。
そして初のFF/横置きエンジンレイアウトの採用と、当時の車作りに大きな影響を与えました。
20世紀を代表する存在となっているクラシックMINI。
そんなMINIの歴史や伝統への敬意から、現在のBMW MINIに進化した今も、ユニオンジャックがしっかりと引き継がれています。
そこで本記事では、イギリス時代のMINIの歴史や、伝統についてご紹介いたします。

MINIはどこの国の車か

まずはMINIの歴史を辿ってみましょう。

発祥はイギリスのBMC

MINIの歴史は今から約60年以上前、1959年まで遡ります。
冒頭でもご紹介したように、今でこそMINIはドイツの企業BMWが所有しているブランドですが、元々はイギリスのBMC(ブリティッシュモーターコーポレーション)に在籍していた自動車設計者アレック・イシゴニスによって開発された大衆車です。
BMCは第二次世界対戦前から在籍していた「モーリス」がライバル社の「オースティン」と合併して登場した自動車メーカーです。
当時のBMCは「モーリス・マイナー」と呼ばれる大衆車が成功を収め、イギリスを代表する自動車メーカーにまで成長していました。
しかし、その後の石油危機の影響や、既存のモデルが時代の流れに遅れ始めており、これを打破しようと、小型で燃費の良い車の開発が急がれていました。
実はBMCができた当時、イシゴニスは他メーカーのアルヴィスへと転職してしまいます。
しかしBMCの会長レオナード・ロードはイシゴニスをエンジニアリング部門の実質的責任者として呼び戻し、小型車の開発を命じます。
そしてイシゴニスは、合併前のモーリス時代から構想していた小型車の開発に取り掛かるのです。これがMiniの歴史の始まりです。

人々に受け入れられて”Mini”という名前へ

実は「MINI」という名前は初めから存在していたわけではありません。
発売当初は「オースティン・セブン」「モーリス・ミニマイナー」と呼ばれる2種類のモデルが販売されていましたが、次第に人々から「MINI」という愛称で呼ばれるようになっていきます。
するとBMCは1962年に正式に「オースティン・MINI」「モーリス・MINI」へと名前変更を行い、MINIという名前が定着しました。

FF/横置きエンジンレイアウトを初めて採用した革新的モデル

当時の「クラシックMINI」は、小中型車にFF/横置きエンジンを浸透させた革新的なモデルでもあります。
これまでは縦置きエンジンが主流でしたが、フロントにエンジンを置くとなると、縦置きエンジンのままだと車体をコンパクトにできない問題が生まれました。また、縦置きエンジンだと衝突時にエンジンがバルクヘッドを押し込み、車内にいるドライバーを危険に晒してしまう危険もありました。そこで車体サイズと安全性の観点から、横置きエンジンレイアウトが採用されることになったのです。MINIの横置きエンジンには、こんな逸話もあります。
デビュー当初のMINIは、販売が振るわず苦戦が続いていました。

そこでBMCのマーケティング部門は様々なイメージアップを図り、その施策の一環として当時のイギリスのレーシングドライバー、スターリング・モスに試乗を依頼することになります。
ところが、モスは不運にも衝突事故を起こしてしまいます。
しかし、開発者のイシゴニスはそれに激怒することなく、むしろ大破したフロントを見て、横置きエンジンの安全性の高さを証明してくれたと喜んだそう。
イシゴニスが予想したMINIの安全性が、モスの実体験により証明された瞬間でした。

2001年からBMWブランドへ

ラリーでの活躍や、スポーツモデルの「MINIクーパー」の登場など、Miniのブランド戦略は徐々に成功を収めていきます。
しかし一方で、MINIは構造が複雑で製造コストが高く、ほとんど利益をもたらさなかったと言われています。
大衆車というよりもレースカーとして名前が売れ始めた頃、やがてBMCはBLMC(ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション)へと社名を変更し、MINIを「売れる車」にするよう本格的に舵取りを行っていきます。
1970年にはドアガラスが変更された新型が販売されると、夏場の風通しが改善され快適に過ごせるようになり、世界的な評価も高まっていきます。
1989年に「ローバー」へと社名変更されると、MINIの名前も「ローバーMINI」へと変わります。
そして初代の登場から40年後の1999年に生産を終了。40年間もの間続いたクラシックMINIの歴史に幕を下ろします。

ローバーはBMWの傘下となり、共同でMiniの次期モデルの開発を進めますが、経営は悪化の一途を辿り、やがて離脱してしまいます。しかしBMWは、一度は頓挫した新型MINIの開発を続けることを決めます。こうしてBMWは、ローバーが去った後開発拠点をドイツに移し、2001年に新生「BMW MINI」を登場させました。

ユニオンジャックは伝統を守る証

MINIがBMWブランドとなって登場したのは、21世紀が始まってすぐの2001年。
これまでのMiniとは異なり、車体が大きくエンジンもパワフルになっていますが、クラシックMiniの古き良き伝統を守るため、当時のコンセプトを引き継ぎながら開発を行っています。
基本のボディ形状は先代と同じく2ボックスとし、丸目のヘッドライトもしっかり踏襲。
また、大型化されても「ゴーカートフィーリング」に近いハンドリング性能はしっかり健在。クラシックMiniを知る方も納得させる仕上がりとなっています。
さらに、BMW MINIの生産はイギリスのオックスフォード近郊にある旧ローバー工場を中心に行われています。
このように、BMW MINIはBMCやローバー時代にイギリスで愛されたMiniの伝統を脈々と引き継いでいるのです。

各国でのMINIのポジション

今やグローバルモデルにまで成長したMINIですが、各国によってその位置付けは異なります。
ここでは、各国でMINIがどのような位置付けとされているのかをご紹介していきます。

イギリス

MINI発祥の地イギリスではクラシックMini時代の「大衆車」というイメージが根強く残っているようです。
BMW MINIとなった今でも、軽自動車並みのコンパクトなサイズで使い勝手が優れたパッケージを持つ一般大衆車というイメージで、多くの人々に愛されています。

ドイツ

BMWに買収されてからは「プレミアムスモールカー」という高級路線でブランディングされています。母体の「BMW」自体もプレミアムブランドですが、「MINI」はクラシックMiniを引き継いだオリジナルブランドとして発展させています。

日本

日本では軽自動車規格が存在するため、クラシックMiniのコンパクトな設計やデザインは予想以上に受け入れられました。
特にローバーMini時代における晩年の主要マーケットは日本が中心となるほど人気が高かったようです。
BMW MINIとなった今も、もちろん人気は健在です。スタイリッシュなプレミアムコンパクトカーとして市場で高い人気を維持し続けており、2017年の輸入車販売台数は1位を獲得しています。

イギリスの伝統を重んじるMINI

MINIの発祥国やその歴史についてご紹介いたしました。現在はBMWのブランドとなったMINIですが、そのデザイン設計はイギリス車だった頃のものを脈々と受け継いでいます。
また、現在も生産をイギリスで行うなど、発祥国への敬意を払っていることも伺えます。
イギリス文化が生み出したイギリスブランドのMINI。ぜひ試乗にて、その素晴らしさを味わってみて下さい。
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